2006年05月06日

『かもめ食堂』

かもめ食堂.jpg

『かもめ食堂』 ★★★★★

ヘルシンキの空気は思ったよりもずっと落ち着いたものだった。

デビュー作『バーバー吉野』では少年少女を、『恋は五・七・五!』では青春真っ只中の高校生、そして本作は中年女性を。意図的かどうか分からないが、徐々に切り取る対象の年齢を上げてきている。
この荻上直子という監督、一筋縄にいかない。
『バーバー吉野』は、子供は対象であったというだけで、そのことにさほど重きを持たない。基本的にアイデア勝負の、まだ拙さの残る、地方の寂れた都市を舞台にした寓話。『恋は五・七・五!』は一転して、『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』『シコふんじゃった』などに連なる、マイナーな青春(スポーツなど)にスポットを当てる売れ線アイデアを着想とし、オフビートに描いた秀作(でも評価・興収ともに芳しくない)。ともに着想に重きをなし、作品自体は正直無難に仕上がっている。作家性の色濃く出るタイプではないし、どちらかというと脚本の軽妙さが目立つ。実際、「サボテン・ジャーニー」「やっぱり猫が好き2005」と、本作主演の小林聡美絡みのテレビドラマで脚本のみ参加している。
本作も、フィンランドで、中年女性三人、食堂を営む。という着想からして心惹かれるものがある。しかも、主演三人に小林聡美、片桐はいり、もたいまさこの個性派三人。原作は群ようこ。
そこで荻上直子は、かつての作品とは間違いなく違う、より落ち着きを持った、無駄のない、自らの作品を作り上げてきた。

寓話。
フィンランドで食堂を営むということを想像もしたことないことなので(当たり前か)、まだ見ぬ世界を覗き見る興奮は抑えられない。対し荻上直子、冷静に興奮を撫でつける大人の対応に驚き。無駄のない北欧の透き通るような青、もしくは白のイメージそのままのかもめ食堂の佇まいに、どこか(ムーミンの故郷だからというわけではないだろうが)妖精じみた佇まいの、小林聡美演じるサチエ。今まで見たどの彼女よりも美しい。どちらかと言うと騒がしいイメージであったのが、良い意味での裏切り。
誰もいない(厳密には誰も来ない)食堂の、ガランとした奥行きのある空間。満員となり賑わっている様を見て、ああこんなに狭かったのね、と気付かされる。

まだ誰も来ない食堂に、ひとりの日本かぶれのフィンランド人の若者が足を踏み入れることから話は動き出す。
食堂に、片桐はいり演じるミドリが加わり、もたいまさこ演じるマサコが加わる。この頃になるとひと癖もふた癖もある客たちも続々と登場し始める。思いつめた顔をし、店内を睨めつけるが店内へとは足を踏み入れない中年女性リーサ(クリア・マルクス)。典型的な、おしゃべり好きなフィンランド人中年女性三人組。これは万国共通。そして、美味しいコーヒーの入れ方を教えるだけの謎の中年男性マッティ。演じるのが、『過去のない男』のマルック・ペルトラ! あの、独特の空気を持ち、美味しいコーヒーを入れるコツを教える時の、彼の絶妙の台詞といったら!
サチエがミドリと仲を深めるきっかけとなるエピソードといい、マサコの超越した存在感といい(彼の存在が寓話性をより高めている気がする)、フィンランドのなんでもない風景といい、特にカフェテラスでサチエ、ミドリ、マサコ、リーサ四人が並んで座るだけの妙な可笑しさといい、日常でこそ輝く道端のエピソードを拾い集める中でも、マッティの存在は特筆すべきもの。
マサコが言うよう「人は変わっていく」のは間違いないのだけれど、それもごくごくゆったりと、と実感してしまうのは、サチエの最後の台詞が冒頭と何も変わっていないからだけではあるまい。

こうして賑わいを見せていく食堂ではあるが、多人数がスクリーン狭しと出てくるのでなく、どちらかというと限られた人間が節度持って出てくるので、いつまで経っても落ち着いた佇まいを損なわない。
加え、食堂を回す三人の背景が余計に語られないというのが、神秘性を増す。余白の使い方にも品の良さを感じる。
荻上直子、いつの間にこんなにうまくなったのだろう。

賑わいを見せるのは、食堂で出される食事の数々。
おにぎり。生姜焼き。とんかつ。卵焼き。鮭の網焼き。…。
誰もが語りたくなることだろうから、特にここで多くは語らないが、日本食の素晴らしさ感じること、食欲を刺激すること必死である。
posted by やすゑ at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 (か) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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